空き家活用事例「喫茶toitoitoi」:定年後に生まれた、地域と人をつなぐやさしい物語

空き家活用事例「喫茶toitoitoi」店内

茨城県水戸市にある「喫茶toitoitoi」は、こぢんまりとした一軒家を丁寧にリノベーションした、まるで秘密基地のような隠れ家カフェ。

住宅街の一角にひっそりとたたずむその場所には、地元の人々が自然と集まり、ゆったりとした時間が流れています。

やわらかな音楽が流れる店内には、小ぶりな本棚があちこちに配置され、本を手に取ってくつろぐお客さんの姿も。

読書好きにとってはたまらない、心地よい空間です。

ランチで人気の「ホットサンドプレート」は、ソースもドレッシングもすべて手づくり。添えられたスープには自家製の塩麹が使われており、素材の味をやさしく引き立てています。

ホットサンド

ランチのホットサンドプレートとスープ

この「喫茶toitoitoi」を営むのは、川尻郁子さん。取材に訪れると、あたたかな笑顔で迎えてくれました。

実は川尻さん、かつては特別支援学校の先生として長年勤め上げた方。

定年退職後に、「いつかカフェをやってみたい」という長年の夢を形にし、空き家だった建物を活用してこのカフェをオープンさせました。

今では、地域の人たちがふらりと立ち寄り、お茶を飲み、本を読み、語り合う――そんなやさしい時間が流れる場所に。

空き家が、人と地域をつなぐ新たな居場所へと生まれ変わったのです。

本棚があるカフェ店内

本好きには嬉しい、小説や絵本のある店内

目次

「何もしないのはイヤ」──定年後の人生を見つめ直して

校舎と青空

長年、特別支援学級で子供たちに寄り添ってきた川尻さん。

定年後、ふと感じたのは「肩書のない自分は自由で気楽。でも、何もしないのはイヤ」

という思いでした。

再就職も考えましたが、心が本当に求めているものではありませんでした。

そんなある日、週に一度手伝っていた農場で、築年数の経った空き家の所有者と出会います。

「この場所、隠れ家みたいでいいな。」

その瞬間、長い間心の奥にしまっていた夢──「いつかカフェをやりたい」が、再び芽を出しました。

出会った所有者さんは「ここを誰かに使ってもらいたかったんだ。自由に使っていいよ。」と、気持ちよく背中を押してくれたそうです。

こうして、一軒の空き家が、夢を形にする場所となりました。

リノベーション前の空き家

声に出したら、道が開けた

「カフェなんてやったことがない。不安しかなかったんです。」

声に出すまでは、「恥ずかしい」「ばかにされるかもしれない」と感じていたという川尻さん。

しかし、実際に夢を打ち明けてみると、返ってきたのは思いがけない反応でした。

「応援してくれる人ばかりだったんです。」

ヨガ仲間に夢を話したことで、カフェ経営の経験者を紹介され、信頼できるコンサルタントとの出会いがありました。

リノベーションを依頼した大工さんも、空き家改修の経験が豊富な方。限られた予算の中でも丁寧に仕上げてくれました。

「私はひとりもので自由。母は『やってみたら』と背中を押してくれたけれど、弟は『本当に大丈夫なの?』と心配していました(笑)。」

でも、川尻さんの中でやりたい気持ちはもう止められませんでした。

大工さんがリノベーションをしている

リノベーションはすべて大工さんにお任せだったそう

駅前に出したかった──空き家活用の現実

「本当は、水戸駅前の大通りに出店したかったんです。」

水戸駅前の風景

水戸駅前の大通り

駅前には、シャッターが閉まったままの空き店舗が並んでいました。

「使っていないのなら、安く貸してくれるのでは」と考えて声をかけたものの、返ってきたのは

「そんな安く貸すくらいなら、閉めたままでいい」という意外な言葉でした。

所有者のプライド、手放せない想い、複雑な背景。空き家はあるのに活用が進まない現実に直面しました。

それでも「だったら自分にできる場所から」と、郊外の住宅地にある空き家での開業を決意。

2024年、小さなカフェが静かにオープンしました。

オープンしたてのカフェ

開店したばかりの2024年12月当時のカフェ

教え子とともに働く──夢のその先に

このカフェには、もうひとつ大切な願いが込められています。

それは「教え子たちが安心して働ける場所をつくりたい」という思い。

現在、カフェではかつての教え子がスタッフとして働いています。

軽度の知的障害があり、シングルマザーとして子育てをしながら、カフェの仕事に前向きに取り組んでいます。

卒業後も安心して働ける場が少ないという現実を、教員時代から感じていた川尻さん。

「社会に出てからも、自分らしくいられる場所があれば」。

そんな思いが、このカフェの空気や仕組みのなかに、自然と込められているように思えます。

キッチンで調理しているオーナー

店のキッチンで調理をするオーナーの川尻さん

補助金は落選──でも、やめなかった

並べられたお金

創業にあたって、水戸市の創業支援にも相談しました。

書類審査やプレゼンを経て、最終選考まで残ったものの、補助金合格者は10組中8組。惜しくも落選してしまいました。

「10組通してくれてもいいじゃん!って思いましたよ(笑)」

それでも、「補助金に落ちたからやめる」という選択肢はありませんでした。

「落ちたけどやる」と決めていたから。無理せず、背伸びせず、自分らしく、歩みを進めました。

地域に開かれた、ゆるやかな居場所

今ではこのカフェ、地元の人たちの集いの場になっています。健康相談会やワークショップなど、多彩な催しが行われています。

健康診断の無料相談

無料で健康について相談できます。おしゃべりだけでも◎

リボン刺繍のワークショップ

ゆったり楽しむ刺繍のワークショップ

「隣に住んでいるおばあちゃんが、よく来てくれるんです。何をするでもなく、お茶を飲んで帰っていく。それがすごくうれしくて」

「中高年がゆっくりできる場所」というコンセプト通り、気取らず、気兼ねなく過ごせる空間がそこにはあります。

お店の玄関前には、段差をなくすために新たにスロープが取り付けられました。

細やかな気配りからも、川尻さんのやさしさが感じられます。

スロープが設置されている入口

バリアフリーに配慮した玄関前のスロープ

「売り上げも、もっと伸びたらうれしい。でも、お金のことばかりに気を取られたくないんです」

そう話す川尻さんの表情には、自分のペースで続けていきたいという確かな思いがにじみます。

「朗読会やコンサート、ワークショップなどを通して、もっと人が気軽に集まれる場所に育っていけたら」

そんな願いも込められています。

空き家を生かすということは、人を生かすということ

窓に飾られた植物と本たち

空き家をただ「使う」のではなく、そこに人の思いや役割が重なったとき、空き家はまちの資源に変わります。

駅前に出せなくても、補助金が採択されなくても、「誰かがほっとできる場所をつくりたい」という想いが地域に新しい循環を生み出します。

このカフェの物語は、「空き家を活かす」という言葉の意味を、私たちにあらためて問いかけてきます。

空き家は単なる不動産ではなく、誰かの夢の舞台になる場所です。

人が集い、つながり、支えあう場へ。

このまちに、一つのやさしい光が灯りました。

喫茶toitoitoi

喫茶店外観

店名の「toitoitoi(トイトイトイ)」は、ドイツ語で

「今日という日がうまくいきますように」というおまじないの言葉。

住所:茨城県水戸市姫子2-1671-31

電話番号:029-307-4861

営業時間:11:00~17:00
(ランチタイム 11:00〜14:00)
(喫茶タイム  14:00〜17:00)

定休日:月曜日、火曜日

Instagram:kissa_toitoitoi

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